それは悪魔の仕業。。。見えない「手」が恐怖を煽る・・

低予算映画が注目を集めた!

製作費がわずか1万5000ドル、つまり日本円で約135万円で作られた『パラノーマル・アクティビティ』は大ヒットで1億9000ドルになってしまいました。こんな投機みたことないほどの爆発的なリターン率ですが、映画ができたキッカケは監督オーレン・ペリの自宅です。1作目の撮影場所になったサンディエゴの家です。イスラエル出身のオーレン・ペリは19歳の時にアメリカへ移住しました。アメリカへ移住してアパートに暮らしながらゲームソフトを開発したり過ごしていましたが、一軒屋をサンディエゴ郊外で購入します。アパート暮らしから一軒屋へ変わって、家ののいろんな所から物音が鳴ることに気づいてその『物音』こそが気になって、気になってしかたなくなってしまいました。そうだ!!これを題材にして映画を撮影しよう。と考えたことから『パラノーマル・アクティビティ』は誕生しました。

新しく住み始めた家の物音が気になって気になって仕方がないことから、それを映画にしようと思ったオーレン・ペリですが元々映画作家を本気で目指していたわけではありません。1999年低予算でありながら、話題を独占したホラー映画「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」は6万ドルという低予算で製作された映画ですが、全米興行収入が1億4000万ドルそして全世界興行収入2億4050万ドルという大ヒットになりました。もちろんこの映画もインディペンデント作品ではありますが、空前の世界的な大ヒットになりました。

この作品を見て何かクールな企画を思いついたら映画にしようと思っていたオーレン・ペリは、初めての一軒屋暮らしで静かな家で音がなるとビクッとして、もしこの音の主が幽霊だったら・・?!と考え脚本を書き始め、そして友人のテーラーやズビーダーといった映画の共同製作者たちと一緒に自分達でサンディエゴの家の改修をして、キャスティングを始めました。テキサス出身で女優を目指してウェートレスをしていたケーティー・フェザーストーンと、音楽学校出身で映画の中でカメラマン役となるミカー・スロートを選び、二人とも映画初体験ではありますが、寝室で三脚にカメラをセットして7日間の撮影を終えました。

空前の大ヒット!

1作目の映画は監督のオーレン・ペリはもちろんのこと、製作者もキャストも全員が映画界ではまったくの無名です。そして7日間で撮影を終えて編集作業はどうしたのか。というと、オーレン・ペリのパソコンで編集作業が行われました。擬似ドキュメンタリーつまりモキュメンタリーの手法で撮影され完成した作品は5つの映画祭に提出されました。

5つの映画祭に提出したものの、上映されたのはたったひとつの映画祭だけでした。その映画祭はカルトホラーやホームメイドホラーが対象になっている小規模の映画祭『スクリームフェスト』だけでした。上映際された唯一の『スクリームフェスト』は毎月10月にアメリカLAのチャイニーズシアターで行われるごく小規模の映画祭でしたが、上映されると観客から大好評を得ることになりました。

そして映画祭のプロデューサーの注目を引くのですが、そのプロデューサーは「ウェアー破壊ー」などのホラーを手がけているスティーヴン・シュナイダーです。スティーヴン・シュナイダーは同業者のジェースン・ブラムとパラマウント社に配給を呼びかけたことで大ヒットへとつながることになりました。

当初は特に有名なハリウッドスターと呼ばれる人が出演していないこと、そしてあまりにも小規模すぎじゃないか。ということで、どこも誰も「この作品を買う!」と手を上げることはありませんでしたが、映画祭で『パラノーマル・アクティビティ』を鑑賞したドリームワークスの重役が作品を購入することを決意します。そして購入の条件には作品をドリームワークスが大きな予算をかけて、リメイクすることでの条件付での購入でした。

スピルバーグ絶賛!

ドリームワークスといえば、スティーブン・スピルバーグです。そしてリメイクのためにスティーブン・スピルバーグがDVDで『パラノーマル・アクティビティ』を鑑賞しますが、作品をみて興奮します。夜にDVDを鑑賞し始めて、あまりの怖さにDVDを一旦中止して翌日の昼間に続きを見たほど、スピルバーグも怖かったようです。もちろんそしてクオリティが高いことからリメイクはしないでオリジナルのままで上映することを決定します。ただし、エンディングだけはスピルバーグからの意向を踏まえたバージョンでの撮影直しとなりました。

実際に起きてるようかに思わせるモニュメンタリーの手法で実録風での画像が、画質が荒いからこそ妙なリアルな感じが画面から漂い実際に起こっているかのような感覚に陥り、観客は釘付けになりました。もちろん最初に撮影して仕上がったときにも「これはめちゃ怖い!!」と友人達から絶賛されたそうですが、その時オーレン・ペリは自分に気を使って言ってくれているのかなぁ~と思っていたようです。ゲームクリエーターとしてアニメの業界にいて映像の世界で働いていたからこそ、あのような恐怖をあおる撮影ができたのかもしれません。

ようこそ!『パラノーマル・アクティビティ』の世界へ

2007年10月にロサンジェルスチャイニーズシアターの映画祭で上映されてから2年後の2009年9月25日に、いよいよ全米12館そしてレイトショーでの公開が始まりました。口コミで面白さがどんどん伝わり、みるみるうちに上映映画館へ長蛇の列ができていきます。

そして翌週には上映12館から33館に上映映画館が拡大されて、その次の週には160館、さらにまた翌週には今度は760館にまで拡大して全米第2位を獲得することになりました。そして『パラノーマル・アクティビティ』が2009年10月に公開された5週目には1945館にまで上映映画館は拡大していてその週末に公開された「ソウ」シリーズの第6作目となる「ソウ6」を破って全米第1位を獲得しました。

1万5000ドルの製作費から実に7000倍という驚異の利益を『パラノーマル・アクティビティ』は獲得しました。このミラクルな現象は2009年ハリウッドでトップニュースで話されることになりました。

そして『パラノーマル・アクティビティ』は、続編として撮影されたのが『パラノーマル・アクティビティ2』となり、それからさらに日本版続編の『パラノーマル・アクティビティ 第2章 TOKYO NIGHT』、そして主人公のケイティとクリスティ姉妹の幼少時代を描いた『パラノーマル・アクティビティ3』が製作されています。

『パラノーマル・アクティビティ2』では、赤ちゃんのハンターをケイティーが連れ去ってしまいそのまま行方不明となっていますが、その後が分かるのが『パラノーマル・アクティビティ4』で2の続きとして知ることができます。

時系列で知りたい!と思うのであれば『パラノーマル・アクティビティ3』⇒『パラノーマル・アクティビティ2』⇒『パラノーマル・アクティビティ』⇒『パラノーマル・アクティビティ2の最後を見る

⇒『パラノーマル・アクティビティ 第2章 TOKYO NIGHT』がお勧めです。