1975年西ドイツで行われた悪魔祓い

当時の西ドイツで悪魔に取り付かれ女性として有名になったアンネリーゼ・ミシェルは、どのような悪魔祓いとなったのでしょうか。そして1970年代に起きたこの「アンネリーゼ・ミシェル事件」は2005年に「エミリー・ローズ」としてホラー・サスペンスとして映画化されています。オカルト・ホラーというよりも、映画の大半の場面は法廷劇になっています。2006年には日本未公開ですがドイツで製作された「Requiem」も、「エミリー・ローズ」と同じく「アンネリーゼ・ミシェル事件」を扱った映画です。

どのような悪魔祓いが行われたのか?!

1975年9月にようやくエクソシズムを実行してよしとの命令が出たことから、エルンスト・アルト司祭とエルンスト・アルト司祭が悪魔祓いを執り行うことになりました。そして悪魔祓いの時には、常に同じ祈りそして呪文が唱えられて、悪魔祓いは続きました。そして神父達は音声テープに40以上のプロセスが残されています。

司祭が「お前は誰だ?」と心に思うと、悪魔は返事をして名前を名乗りました。驚くべきことに、アンネリーゼ・ミシェルには6体もの悪魔が取り憑いていたことが判明しました。

取り付いていた6体もの悪魔

ルシファー・・・堕天してサタンとなったとされる地獄の王

カイン・・・旧約聖書に出てくるアダムとエヴァの息子で、弟のアベルを殺したことで人類最初の殺人者。

イスカイオテのユダ・・・イエスキリストの12使徒のひとりですが、イエス・キリストを裏切る。イエスを引き渡す時に接吻することでイエスを示して引き渡す。

ネロ・・・ローマ帝国第5代皇帝。キリスト教徒を迫害しただけでなく、ひどい政治ぶりから暴君と称される。

ヴァレンティン・フライシュマン・・・1572年~1575年にかけてエットレーベン教区で司教を務めた聖職者。しかし聖職者とは思えない堕落した人物で、4人の子供を持ち、女・酒・暴力はもとより司教館で撲殺事件を起こしたという記録をある。

アドルフ・ヒトラー・・・ナチス・ドイツ総統で、独裁者の典型。ナチズムでユダヤ人を虐殺した。

アンネリーゼ・ミシェルにとり憑いた6体もの悪魔を取り払うために、2時間以上にわたるエクソシズムが行われました。そしてようやく悪魔に聖母マリアに関する言葉を言わせて悪魔祓いは成功します。

エクソシズムの最終日は1976年6月30日のことです。この時点でアンネリーゼ・ミシェルはやつれ果てていて高熱をだし、肺炎を患っていました。

ところが、しばらくした後にアンネリーゼはマリアに出会います。そしてマリアから「悪魔に取り憑かれて苦しんでいる人が大勢いる。だからそのために、もう一度悪魔に憑かれたまま、命を捧げてくれ。」と頼まれます。彼女は悩んだ挙句、マリアの言葉に従うことにします。そして悪魔に再び憑かれしまい、食事も摂らなくなり最期の言葉は「おかあさん、私は怖いんです」という言葉を最後にエクソシズム最終日の翌日、1976年7月1日に23歳という若さで他界しました。

まだ若いのに、聖母マリアや悪魔に取り憑かれた人たちのために命を捧げたということ、そしてアンネリーゼ・ミシェルが勇敢に悪魔と戦ったと思っている人たちのための巡礼の場所として、現在でも彼女の墓には沢山のキリスト教徒がお参りに来るといいます。

そしてアンネリーゼ・ミシェルが亡くなった後に、彼女の両親と神父は過失致死として起訴されますが、奇怪な事実があまりに多いケースだったことから検察官がクリンゲンブルグの事件の訴訟をするまでに2年以上の年月を要しました。

判決公判

神父ふたりと、アンネリーゼ・ミシェルの両親に対する判決公判は、1978年4月21日に当時の西ドイツアシャッフェンブルクの裁判所で開かれたました。

聖職者側の弁護士は、法廷で悪魔の存在を証明しようとします。法医学的根拠の専門家は、彼女が死ぬ1週間前に強制的に食事を与えていたら、彼女の命は救われたと主張します。ドイツの司教会議では、アンネリーゼ・ミシェルの身体に悪魔が乗り移ってなかったと断言しましたが、信者の多くはアンネリーゼと悪魔の戦いを支持しました。

そして裁判の結果はどうなったのかというと、両親と神父は過失致死で懲役刑となり執行猶予6か月の判決を受けることになりました。そして判決では、アンネリーゼは単なる「てんかん」だとして、被告達が主張していた「悪魔の存在」については、信仰を裁くことが目的ではないとして、「悪魔の存在」については司法の判断は避けられました。