超能力のひとつサイコメトリー

サイコメトリー

霊視をするのはどのようなことなのでしょう?!霊能者によって見え方はいろいろあるようですが、私たちが就寝しているときに見る「夢」のようなものをイメージすると分かりやすいかもしれません。目を閉じていても、映像が見えるという状態のようなものが、霊視の際に霊能者がみる見え方のようです。

超常現象のポルターガイストとして、テレビ番組にもなった有名な「エンフィールドのポルターガイスト」の調査に当たったモーリス・グロスは、交通事故で亡くなった娘がこの事例に関係しているのでは?!と、いろいろな偶然が重なったことで調査にあたることになりましたが、調査を終えたときはどのような気持ちだったのでしょう。そして霊視者にエンフィールドのポルターガイストと、モーリス自身に起きた事例などについての見解を尋ねた際に霊視者が使った方法が、超能力のいとつもの「サイコメトリー」でした。もちろん他の方法も試したはずですが、「サイコメトリー」はどのようなものなのでしょう。

サイコメトリー:Psychometryという言葉ですが、アメリカの神霊研究家ジョセフ・ローズ・ブキャナンが提唱した言葉だとされています。この心霊研究科が生きた時代は1800年代中頃から1800年終わりなので、比較的新しい言葉だといえるでしょう。

サイコメトリーという超能力のひとつでもある、この能力の範囲について厳密な定義はありませんが、主な特徴は、物体に残る人の残留思念を読み取ることがサイコメトリーだとされています。特に残留思念は、石や液体に思念が残ることが多いとされているので、テレビ番組などをみると、サイコエトリーをするときには、湖であったり沼といった水があるところでサイコメトリーがためされていることが多くなっています。

ステファン・オソヴィエツキーの場合

ステファン・オソヴィエツキーはポーランド人で、彼は考古学の過去を見通すことができる能力があったそうです。発掘された石器が、どのようして使われていたのかを、石器の過去をサイキック(透視)することができました。1935年にオソヴィエツキーと同じくポーランド人の民俗学者、スタニスラフ・ポニアトスキーが、オソヴィエツキーの能力を試すある実験を行いました。

それは世界中の遺跡から集めた火打石や石器などを使って、オソヴィエツキーのサイキックできるかどうかの実験でしぇいた。民俗学者が持ち出した石器類は外見からは正体がわからいもので、そしてオソヴィエツキー自身の目に触れられないよう細心の注意が払われての実験でした。

そして実験の結果がどうだったのかというと、オソヴィエツキーは石器類の使用されていた年代、そして発見された場所、それを生み出した文化などを次々と正確に描写していきました。オソヴィエツキーの描写がポニアトスキーの情報と食い違う時が幾度かありましたが、それは後にポニアトスキーの情報に誤りだったことが判明しました。

紀元前15000年~紀元前10000年前の間に、フランスで栄えたマグダレアニアン人の石器を手にした時には、「マグダレニアン人の女性は、とても手の込んだ髪型をしている」とオソヴィエツキーは描写しましたが、オソヴィエツキーが描写したことと、その当時の説では手の込んだ髪型ではないとかなりかけ離れた見解でしたが、それから後にマグダレニアン人の女性の彫像が発見された際に、まさにオソヴィエツキーの見方が正しい見方だったことが実証されました。

このマグダレアニアン人のケースのように、最初はオソヴィエツキーの描写が誤っていると判断されても、後に正しいと判明した事例はゆうに100を超えています。オソヴィエツキーは石器時代の人々は、油のランプを使っていたと発言しましたが、その発言の後に、フランスのブルゴーニュ地域圏で彼が描写した通りの形と、大きさのランプが発掘されています。ほかにも、オソヴィエツキーは石器時代の人々の住居形態や埋葬習慣、狩猟対象の動物などの詳細な絵を描いていますが、それら石器時代の人々の詳細な絵は、後に考古学上の発見で正しいことが立証されています。

ジョージ・マクマレンの場合

カナダ考古学会の副会長だったノーマン・エマーソンは、サイコメトリーを通した考古学研究の可能性について言及しています。最初から信じていたというのではなく、エマーソンは当初はサイコメトリーに関して懐疑的でしたが、ジョージ・マクマレンという名前のトラック運転手のサイコメトリーの能力を研究した結果、一気に否定から肯定的な見方にかわりました。

トラック運転手のジョージ・マクマレンは、物や遺跡を眺めるだけ、ただそれだけでそれらの過去を言い当てることが出来たとされています。マクマレンは何もない大地の上を歩いて、「そこがイロクォイ族の共同生活があった場所」だと発言しましたが、マクマレンが示した場所が、6か月後に発掘された結果まさしくそれが事実であることが判明しました。エマーソンは1973年の年次学会の席上で「考古学調査において、超能力者の使用を広げていくことは最優先事項」だとまで述べています。

ヘルマン・ヒルプレヒトの見た「夢」とは

1892年3月、ペンシルヴァニア大学教授のヘルマン・ヒルプレヒトは、バビロニアの古代都市ニップルから出土した刻文の写しをチェックしていました。出土した刻文は、一向に解釈できなません。そのため刻文を前にしてヒルプレヒトは疲労してしまい、眠りに落ちました。そして眠りに落ちてヒルプレヒトは「驚くべき夢」を見ました。

ヒルプレヒトがみた夢の中で、バビロニアの長衣をまとった神官が訪れて、ヒルプレヒトをニップルのベル神殿の宝物庫に案内しました。神殿の床には瑪瑙(めのお)が散らばっていました。そこで神官は「あなたが22ページと26ページに別々に掲載した断片は、本来は一つの物だ」と語って、その由来を説明し始めます。それによればクリガルズ王による勅命に従って、ニニブ神像の耳飾りを創るために、円筒を3つに切り分けて、それぞれが元の文の一部を含む3つのリングに分割したということです。そのうち2つはヒルプレヒトが持つリングで、最後の1対はまだ見つかっていない、という説明でした。

そしてヒルプレヒトは夢から覚めます。そして夢の中で見た、ニップルの刻文をもう一度調べ直しました。すると2つのリングに刻み込まれた文字が1つに繋がることに気付いたのです。まさに夢で神官の説明とおりでした。そして文字は次のように解読することができました。「主であるベルの息子ニニブ神に、ベルの大神官たるクリガルズがこれを奉納した。」

そして、それから後のことヒルプレヒトが自分の見た夢について同僚に話した際に、イスタンブールの博物館にある2つの瑪瑙のリングの色が、何故か互いに異なっている、という話を聞かされます。そしてイスタンブールに旅をしたヒルプレヒトは、博物館にある2つのリングを重ね合わせて、元が同じ円筒であった事を確認することになりました。ヒルプレヒトは「夢」を見たことで、数百マイル以上も離れたところにあってましてや、自身が今まで現物を見たこともない出土品を、夢の通りにバッチリと結びつけることが出来ました。

エドガー・ケイシーのリーディング

著名な能力者で、エドガー・ケイシーの支持者からは「20世紀最大の奇跡の人」とまで言われる心霊診断家のエドガー・ケイシーは、自宅のソファに横たわって睡眠に近い状態で様々な過去を視ることが出来たとされています。

特に有名なのが、紀元前2世紀から紀元1世紀にかけて存在していたユダヤ教のグループエッセネ派の集落の場所を正確に示したことです。ケイシーはクムランに集落の場所を正確に示しただけではなく、エッセネ派が果たした歴史上の役割についても詳細に述べました。そしてケイシーが発言してから11年後に、死海文書が発見された事で、ケイシーの話は立証されることになりました。

ケイシーは1968~69年に、アトランティス神話のポセイディアが浮上するとも予言しました。1968年にはビミニ・ロードが発掘されていますが、この発掘はアトランティス神話の遺跡ではなく自然な物でだという見解が有力になっています。